1月14日は 14:30までの営業になります

色んな手続き等の関係で、いきなり14:30出発ですみません<m(__)m>

さて・・・

1月10日から バイオグラフィーワークのアドヴァンスコースで研修に行きました。

今回から、日野の修道院ではなく、『汚れなきマリア修道会 町田修練院』 で行われました。

今回もとても充実した学びとなりました。

以前も書きましたが、今回私の研究発表の番で 杉原千畝のバイオグラフィーの発表をしました。

とても大切な経験となりましたが・・・そのことはもう少し私の中で暖めてから、また、ここでお話しようかなぁと思います。

今日は、初日のワーク始まりと、最終日の終わりの言葉として 使われた詩のご紹介をしたいと思います。

ワーク中、この詩の雰囲気がずっと私たちの中に響いて、とてもたくさんの気付きと学びの光となってくれました・・・。

「生命は」   吉野弘

 生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする
生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ
 
世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?
 
花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者が
光をまとって飛んできている
私もあるとき
誰かのための虻だったろう
あなたもあるとき
私のための風だったかもしれない