うつりゆく

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気が付いたら、コスモスがお日さまに向かって挨拶をしているように咲いていました。

奥にある百日紅は、満開の時期を過ぎたのかな?どんどん色が濃くなっていくような気がします。

彼岸花もどんどん咲き始め、ついこの間写真に収めた時よりも、随分ふえました。

ワンコの散歩中に、フライングの金木犀も見つけましたよ(#^^#)

窓からの風はひんやりと心地が良く、虫の声もかわいらしく聞こえます。

うーん 秋だ(*^-^*)

秋がどんどん濃くなっていく。

こんな風に心地の良い時期になると、じっくりと自分の内側を客観的に見やすくなってきたかなと思います。

9月のバッチフラワーの読書会は「バッチ博士の遺産」の第7章でした。

その中の一文がここのところずっと私の中に響いています。

『…欠点をなくそうと努力すると、欠点の力はより強まります。欠点の存在がますます気になり、本当の戦闘に巻き込まれてしまいます。そのように戦って勝ちを収めても、最善でも抑圧による克服以上のことは期待できず、満足のゆく結果とは程遠いのです。なぜなら、敵はまだ私たちと共にいて、押さえつける力が弱まると、ふたたび姿を現すからです。欠点を忘れること、そして欠点が存在し得なくなるような美徳を意識的に努力して発達させること、それが真の勝利です…』

この先にもこの後にも文章は続いていて、この文章だけを読んでも何か釈然としないかもしれないですね…前提としてこれはほんの一部ということと、バッチフラワーという存在があるということが重要な点としてあります。

また、この章ははすでに何回も読書会で読み重ねていて、その都度思うところも違うし、皆でディスカッションを重ねているということも大切な点だと思います。

…というのをふまえて…

今の私の大きな気付きの一つにとてもつながっています。

先に進もうとするとき、私は何とか自分の駄目だと思うところを克服しようと、もがくように対峙してきたし、困難の中にこそ成長があると信じて、つらいと感じることからも逃げないように頑張りたいと切望しているし、これからもそういう姿勢はとるとおもいます。

けれど、トラウマになっているような大きな出来事自身に向かうことでなくても、そういうことを自分の一部として今の私があるのですから、

ほんの日常の、何ともない出来事の中に生まれる感情も、気がつかないような考え方の癖の中にも、潜んでいることがあることの方が実は厄介なのだと思うのです。

だって、私は今まで上に書かれている『欠点と戦う』という方法でしか対処したことがなかったから。

そんなことは当たりまえだし、みんなそうしていると思っていたし、それ以外の方法は逃げることだとも思っていたのです。

欠点を忘れる?それと反対の美徳を育てる?

現実逃避ではなくそのような事をするには???

って感じでした。

でもなんと! こんな私でも、「方向性を変えて見る」ということに気が付き始めてきているのです。

私は欠点だと思っていることをなくすのではなく、それを意識しながらも支配されないように欠点と思われる部分のあえていいところを自分の視点でなく、他人の視点で見てみる。

そしてそれを信じる努力をする。

それは事実だと思い込む。

まだ、完全肯定には時間がかかる気がしますが、そんな風に考えられるようになってきたのは、夏の間に思いっき感覚の外的な部分に身をゆだねてみたからかもしれないなぁ

とおもいました。

久々に長文になりましたぁ。

最後まで読んで下り、ありがとうございます。