わからないことに縁をいただく

オイリュトミーの公演のお知らせです。

オイリュトミーをオーケストラで見ることができるなんて💘

 

オイリュトミーのことは”わからない”私なのですが

”感じる”ことはできるのが不思議なところです。

 

どんなことでも「理解」できるように努めたいとは思いますが、

残念ながら、理解したと思っていても「思い込み」や「勘違い」は起こるものですし、

対人関係の中で、完全に相手の思いを理解することは不可能な事ともいえます。

 

自分のことだとして、自分を理解しているのか…と聞かれると

昨日の私と今日の私は変化し続けているわけですし

受け容れたくないことに目を背けていたりするので

そういう意味においても「解り合う」っていうのは相当困難なのだと感じます。

 

でも、解り合いたいとは思いますし、

『今、私が、感じていること』は事実だということは言えます。

 

頭で理解しようとしなくても、わかるときがある

 

霊的な働きがそこにある

 

オイリュトミーを体験しているとそれがわかる

 

思考を使うことは楽しいし苦しい

思考によって成長できるし、思考によって内的なものを外に…例えば言葉を使って表現できる

 

でも、その思考を実感のあるものにするのは感情であるものだと思うし

感情を伴わない思考はただの理論の羅列となるんじゃないかな…と思うのです。

その逆もしかりで、

感情のみが優先されることは、ただの愚かさとなる

 

そして、そこから生まれる自分自身の行動が人生を創っていく

 

オイリュトミーはそのバランスが霊的な力を伴って見事に表現されていると思うのです。

 

心が震える感情を

思考で理解しようと続けて したいと願って

そして今日を地道に生きていく

 

地味な繰り返しの中の輝きが一人一人の光になるのだと信じたいなぁと思います。